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【連載コラム】記者の独り言①「俺は業界紙記者になる!」

【2026年4月20日】記者生活25年、このサイト、プリント&プロモーション立ち上げから10年が経過した。

海外では「日本一有名なデジタルプリンティングジャーナリスト」と(冗談で)名乗っているが、なぜ今自分がここにいるのだろうと考えた時に、後進のために記者になったきっかけや駆け出しだったころを振り返ってみたくなった。

もう一歩踏み込めばAIなどの急速な進化と紙媒体の衰退で、この記者という仕事が今、危機に陥っていると感じるからだ。特に業界紙記者は今後どうやって生きていくのだろう?その答えが出るかどうかはわからないが、それを考えるために書き残そうと思う。

俺は業界紙記者になる!

私が記者になったのは2001年、屋外広告に関する業界紙にもぐりこんだ。
それ以前は和雑貨メーカーの営業マンをしていたのだが、そこが超が付くブラック企業で、もともと「書く仕事」への憧れもあったことから「何とかライターか、記者・編集者の端くれになりたい」とその会社を飛び出した。

ほとんどの会社が経験者のみ採用か経験者優遇の中、記者未経験の28歳がやることは数を打つこと、数十社に履歴書を送り付けた。
この履歴書、当時としては珍しいWordで打ち込んだもので、手書きするより圧倒的に速く書けることから、こんな風に数十社に送りつけることができた。今でも手書きで履歴書を書いている人もいるらしいが、無駄なのでやめよう。デジタル時代に合った方法で送りつければ、面接に進む数が違うのだ。

その中で面接してくれた企業が7社、5社で内定をもらった。5月に営業マンをやめ、そこから転職活動をすること3カ月、8月のお盆明けに一番面白そうで給料もマシな新聞社に入社した。といっても営業マン時代より10万円ほど給料は下がってしまった。

当時、すでにかみさんと子供二人がいるという状況で10万円の減収のため、それからこの新聞社を辞めるまでの4年間、お小遣いはほぼ0円という生活が続いた。ほぼ給料は上がらずボーナスも出ないというここもなかなかにキツイ状況。この頃が人生の中でも一番お金のない時代だった。

正直言って、業界紙記者の給料は安い。これから記者になりたいという人は相当な覚悟を持って転職してほしい。間違っても業界紙王になって大金持ちになるというような未来はないので、そのつもりで飛び込んできてほしいと思う。

つづく

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