【2021年2月26日】今回のゲストは、共同通信デジタル取締役兼執行役員の黒澤勇氏。
世界を飛び回り、デジタル印刷、特に新聞印刷について、最新の情報を収集し、新聞や印刷業界に大きな影響を与えてきた黒澤氏に、コロナ禍そしてそれ以降の新聞・印刷業界について話を聞いた。
【参考記事】「第1回 未来の新聞勉強会」 見えた!デジタル印刷による未来の新聞
――海外を飛び回っていた黒澤さん、今はどのような仕事の形態ですか
当然ながらリモートワークとなり、在宅で仕事をしています。
会社全体がリモートワークを推奨しており、政府、東京都からの要請により会社として7割を目標に取り組んでおります。私もそれに従っております。そしてこれも当然ながら、海外には行けていません(笑)。
――情報収集の面でも影響はありましたか
そうですね2020年に行われるはずだった「Drupe」もオンライン開催になるなど、海外に直接行く機会は減りましたね。
しかし、海外のオンラインセミナーや展示イベントが多く、かえって今までよりも情報が多く入ってくるようになった面もあります。チャットで質問もできますし、予約しておけばデジタルで資料も届くという至れり尽くせりで、わざわざ飛行機に乗っていく必要がないのはありがたいですね。
ただ、欧米の時間なので、夜中に行われることも多く、日本にいながら時差ボケを経験しています(笑)。
もちろん、現地に行って、現場を見て、話を直接聞くことに大きな意義はありますし、いずれはまた海外を訪ねたいと思っています。
――新型コロナウイルス感染拡大で、特に国内の新聞はダメージを受けたのでは?
新聞業界は、ずーっと微減が続いていました。2017年、2018年ともに約1.3%の減少でしたが、2019年は約5%、2020年は約7.2%減と、昨年はもろにコロナのインパクトを受けた形です。
その影響から、今まで以上に新聞社は DX化を進めています。海外ではニューヨーク・タイムズがDX化し、2014年からV字回復した例がありますが、これにならう形でしょう。
日本の新聞社も自社サイトを充実させ、4倍アクセスが増えたというケースもあります。ただ、広告単価は下落傾向で、収益がマイナスになっている会社もあります。
紙の新聞で言えば、配達員の確保ができないことが大きな問題です。配達員は高齢化し、若年層は入ってこない。特に都市部はその傾向が強く、存続にかかわる問題となっています。
時給1500円(都市部の販売店)で募集しても集まらないのです。しかし、短時間で毎日仕事に従事して、給与を得るという点は一番の仕事だと思うのですが。
――なのに、なぜ人が来ないんですか
朝が早いからです。
若い子は、午前3時から8時まで仕事をする出社形態が無理なんですよ。若い子は夜遊んで、朝は遅くまで寝ていたい、自由に時間を使いたい、その気持ちはよくわかります。
高齢化が進んでいると話しましたが、高齢者は健康に配慮しながらになるので、配達が安定しないケースもあり、社員の負担も増えています。
全国紙を取り扱っている販売店などは、外国人の雇用を実験的に取り組んでいるようですが、彼らにはポスティングの概念がないので、それを覚えてもらうまでに一苦労と言った話も聞きました。
――今回の新型コロナに関して思うところは
これは新聞印刷にも関わってくる話ですが、コロナの情報が多すぎますよね。
その中で、政府が何かを発信しても「知りませんでした」「そんなことがあったんですか?」という人が多いんです。
人間の活動時間が、1日17時間と想定して 、その時間内で処理できる量をはるかに超えた情報が出ています。
この問題を解決する方法の一つとして、多くの情報の中からその人の興味ありそうなことをA4サイズの用紙1枚に情報をまとめてプリントする「サマリー版」のようなサービスが海外のメディアではすでに行われています。
ただ、編集はAIがレイアウトしているだけなので紙面は単調で、新聞のようなきれいで見やすい組みにするには最後に人手がかかります。
ただ、このような要望はあると感じます。今後はサマリー版の発行は、AIと人とのハイブリッドで実現し、高品質な1部ずつまったく別の新聞を配布できるようになるかもしれません。
――本当にこの1年、環境の変化で劇的に変化していますね
その通りです。
それにより印刷業界も大きく変わっていくと思います。
今までの当たり前が、まったく当たり前ではなくなってしまった。
「我々は今、5年後の世界を生きている」と例えた人もいます。
コロナで世の中の流れが一気に加速し、5年後くらいに普及するものが、昨年には普及してしまったというのです。
2019年まではあまり普及してこなかった「在宅ワーク」、それに伴うZOOMなどの「遠隔会議システム」、外食しないことで一気に需要が高まったウーバーイーツをはじめとした「テイクアウト」などがそれです。
コロナ以外の要因では、「5G」と呼ばれる第5世代移動通信システムがあります。
5Gはまだまだ序の口なんですよ。あれって通信量は大きくできますが、基地局が必要で、電波が飛ばせる範囲が非常に狭いんです。
でも、GAFAが2035年までに実現しようとしている通信衛星方式の携帯電話は、衛星軌道上に3000基の通信衛星を飛ばし、ここを基地局にする。これにより5G以上の通信速度で、世界中の人が月500円程度の通信量で使い放題の通信環境が得られるという構想です。
今までのスマートフォンなどはもちろん、光回線は何だったのかというようなものすごい規模で通信環境が変わるのです。
新聞業界も印刷業界も、こういった10年後を考えないとビジネスにならないと感じています。
他の傾向では、やはりSDGsはテーマとなると思います。eコマースが発達する中、配送は必須ですが、過剰包装などが言われる箱は必ず課題に上がるでしょう。
脱酸素や環境負荷の軽減は印刷業にも必須の目標で、チャンスにもなると思います。
――ズバリ、印刷業界の今後は?
もちろん、印刷がなくなるとは考えません。
先ほども処理しきれないほどの情報があふれていると言いましたが、印刷業界はもともと、情報を扱ってきた産業で、この点では強みがあります。ですから、DX化するとともに、自社でできない部分は他社と協業してこれを補っていけばいいと思います。
スマホが発達し、すべての人がサブスクライバー(定期的にメールやブログ、SNSなどで配信される情報の受領を承諾した人)となった今、印刷も情報を配信する手段の一つとして選択される対象になったのです。
ですから、印刷業もユーザーが印刷意外の方法を選ぶなら、それを逃さないように備えるべきです。
ある出版社は、従来は返本も覚悟で、コミックを大量に印刷していましたが、今はそれをせずに、わざと少なめに刷り、重版も慌ててしないという戦略をとっているといいます。
これにより、自動的に電子版にユーザーを促しているのです。
出版社はコンテンツを作って売るのが仕事ですから、それが本の形でも、電子書籍の形でも、どちらでもいいということに気づいたのです。
DXの名のもとに一気にデジタル化進んでいますが、一方で今なぜか若者の中に、レコードやカセットテープに興味を持つ人たちが出てきました。
印刷のCMYKとRGBはイコールではありませんが、ディスプレイは4000万画素まで来ており、印刷代替となりうる表現力があります。ただ、印刷の手触りや香り、その物体として存在するありがたみというのは、今後も変わらないとすれば、レコードやカセットのように印刷の良さを感じるシーンが増えるのではないかとも予測しています。
なお、黒澤氏が登壇する日本画像学会の「イメージングカフェ」が3月 19日(金)午後7時から、オンラインで開催される。
詳細は以下から
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