【2026年6月9日】業界紙記者の独り言。第3回は当時のとっても汚かった事務所の様子を紹介します。
前回 業界紙記者 問わず語りの独り言② 当時の編集部 ネットもねえ!PCねえ!たまに来るのはレイアウト(手書き)
喫煙・セクハラなんでもあり!ただし掃除はしない!
何とか業界紙記者になったのだが、当時、下町にあったその会社は、超おんぼろの雑居ビル(現存する)で、廊下はうす暗く、床に敷いてあるリノリウムが剥がれまくっているような汚い場所だった。
唯一良いところは地下鉄銀座線から直結で、雨に濡れず地下階のエレベータから4階の本社まで上がれることぐらいだ。

事務所内は煙草吸い放題で、窓は真っ黄色。締め切り前で仕事が佳境に入ると室内にカスミがかかったように紫煙が充満するというまるで昭和の映画ような、アヘン窟のような劣悪な環境の仕事場だった。当時は自分も喫煙者だったので気にならなかったが、非喫煙者には過酷だったろうと思う。
基本的に編集部内の掃除はしないので、仕事場はほこりまみれ。それでも一年の最後の出勤日には大掃除をするのだが、営業マン崩れで前の職場ではおトイレ掃除担当だった私が、張り切って床磨きなんかをしていても誰も手伝わず、紙ごみをちょこっと捨てて「よいお年を」なんて帰っちゃう。紙面では「5S」とか「QC活動」を取り上げているのに、自分のとこはゴミ屋敷というそんな記者しかいない会社だった(皆いい人たちだったけどさ)。
仕事場の会話は、事務の女性が数人いるのに、下ネタがバンバン飛び交う男子更衣室のノリ(そうじゃない方もいました)。今ならセクハラで速攻で訴えられるだろうという、とんでもない極悪な環境だったと記憶している。このくらい自由な職場なら、あの芸能人もコンプラ違反で番組降ろされなかったのに…(というか彼らはこの時代のノリのまま飲み会やってたんでしょうね)。
でも、あとで聞くとこれでも規律がよくなった方で、ケンカで怒号が飛び交ったり、殴り合いに発展しそうになったりということもあったとか…。勤務態度も自由で、朝に出社してこないで、お昼くらいに現れて、お昼ご飯を食べるとまた消えて行ったり、数日は出社せず「直行・直帰」なんて人もたくさんいたのだそうだ。

全体の雰囲気としてはのんびりしていて自由、締め切り前だけ集まって、さっと新聞や雑誌をつくったらまたのんびりという流れの中で仕事をしていた。
これはこれで良い時代だったと思うし、今では記者がこんなことをしていては食っていけなくなったのだが、それは後ほど書く。
営業マン時代は超ブラックだった。それに比べれば記者の生活は、ドラゴンボールの悟空が400倍重力から解放されたように楽だった。
つづく
Copyright © 2026 プリント&プロモーション . ALL Rights Reserved.