【2021年11月29日】9月に東京・池袋で行われた「オーダーグッズビジネスショー2021(OGBS2021)」では、多くのグッズ作成用の産業用プリンタが展示された。
傾向としては、オフィスやバックヤード、店頭などでプリントを行う卓上用の小型プリンタが多く出品されたが、コロナ禍で事業の一部をこのグッズビジネスに転換しようという動きが加速している。
そもそもこの展示会だが、印章(ハンコ)業界をメインターゲットとしたものだった。
今回は、プリントの世界と業域の境目が意外にないことが知られつつある印章業界について、全日本印章業協会(全印協)の福島恵一会長(福島印房社長)に話を聞いた。
――OGBSなどを拝見するとプリンタが並び、ほぼプリントの業界との区分けがないと感じました。印章業界の中でプリント分野の位置は
実は昔から印刷業との親和性が高い業界です。何しろ当社(福島印房)にも昔から軽オフ機がありましたから。
――それはびっくりです。印章業界で印刷をしている割合はどのくらいでしょうか
印刷物ということであれば、ハンコ屋さんではほぼやっていますよ。封筒類まで扱っているところは3割ほどでしょうか。
内製なのか外に出しているかは別にすれば、ほぼ全部のハンコ屋さんが印刷物を取り扱っています。
――どうしてそんなにハンコ屋さんが、印刷をしているのでしょうか
ハンコの業界は、得意先の会社事務所を回って仕事をいただくので、ハンコやスタンプだけでなく、封筒や帳票といった印刷物の注文も一緒に受けるのです。
ハンコは一度作ると、次につくる機会は早くて数年後になります。それに比べて印刷は回数が多く、営業のタッチポイントが増えるのです。また残念ながら以前、外注でお願いしていた小さい印刷屋さんがなくなっているので、内製化を進めなければならないという事情もありました。
ですから、ウチも先代社長の時からオフセット印刷機を使用しており、さまざまな印刷を行っています。
ただ、近年は1回の印刷部数が減少傾向で、軽オフで印刷する機会も減っています。その分、デジタル機(プロダクションプリンタ)を使っています。
――業界内では印刷の内製化率はどのくらいでしょうか
デジタル機も含めて、印刷機を持っているのは2割くらいじゃないでしょうか。外注で印刷屋さんに出すか、横持ちでハンコ屋さんの中から印刷ができる会社にお願いするケースの方が多いと思います。
当社でも同業者の仕事を多く受注し、コスト面で努力して、仲間が利益を取れるようにしています。
――印刷などハンコ以外の仕事への広がりはどのような形で
すべて、お客様からの要望です。
「印刷できない?」「封筒つくれない?」と言われれば「できますよ」ですし、断っていたら仕事がなくなります。
その結果、ハンコに付随した文具はもちろん事務用品などを扱い、大判のポスターやPOP、ディスプレイなど印刷物も取り扱い品目にしていきました。
――どこまでが取扱品目なのでしょう
軽印刷や帳票、袋物、包装紙、はしの袋、POP、シール、色紙、ポチ袋などの印刷物。さらにTシャツやトートなどの布もの、扇子などの和装小物も取り扱ったことがあります。
――できなさそうなものでも仕事を取ってきちゃう?
ほとんどの仕事はお断りしませんね。できないものはないと言えるくらいです。
私は、外注先の多くの会社を知っており、どこに何を頼め“イケる”かなどが頭に入ています。さらに印章業者同士はネットワークができていて、自分が直接知らなくても、知っていそうな同業者にお願いすることも可能です。
特に全印協の役員になってからは、そのネットワークが広がり、頼めないものはほとんどなくなりました。
――お話を聞くと、ハンコ屋さんの営業力に驚かされます。店売りより、営業で取ってくる仕事が多いのですね。そのあたりは受注産業と言われる印刷業とは逆な気がします
印章業は、店売りが2割とか1割、営業での外回りでの受注が8割以上です。特に都会のハンコ屋さんは、ほとんどが営業主体で、営業力という点ではものすごく強いですね。
先ほども言いましたようにハンコは一度作ると次につくるまでは長い時間がある、当然店で待っていてもお客さんはなかなか来ませんから、外に出て仕事をいただいています。
ハンコづくりは、数年に一度、中には一生に一度というケースのものもあるので、営業に回ってお客様の要望を聞きながら、しっかり作っていきたいと考えています。
この要望を聞くという行為が、印章業界の営業力のもとになっているのだと思います。
――すごいですね。営業力とネットワークが印章業界の力ということですね
ある意味、我々には「従来の印章業では生きていけない」という思いがありました。私もそうですが、現在60代前半より下の世代で、旧態依然のハンコ屋さんでいられると思った経営者はいないと思います。
変わらなければ、何かをしなければ生きていけないという必死の思いで、さまざまな仕事に取り組んだのです。これは「ハンコ屋」という矜持や自尊心を、場合によっては投げ捨てた部分もあります。
私も30歳の時に父から代変わりしましたが、あと数十年この仕事を続けるには、今のやり方を変えるしかないと思ってやってきました。
――その思いが大事ですね。一方で印章業独自の技術などは?
もちろん技術や知識も必要です。
私自身は、さまざまな案件をいただいて、仕事をつなげられる根本には、AdobeのIllustratorを使えたことがあります。
イラレを使ってデザインできれば、それのデータを外注先に送れば調整が可能ですからね。
全印協の下部組織である東京印章協同組合ではIllustratorをはじめとしたPC講習会や印章業者が最も使用する部分をエッセンスでまとめたマニュアル冊子も発行しています。
こういった講習も行う相互扶助の精神が強いのが印刷業界の強みでもあります。
同じ印章業者には垣根がなくノウハウ教えあって、業界の健全な発展を目指しています。お互いに下請けになったり、元受けになったり、の関係でもありますし、業界全体がノウハウを持っていることがお客様のためになるとの考えです。
――昨今の話題ですが、やはり脱ハンコの影響は大きいですか
「脱ハンコ」という掛け声に影響されている部分はあります。
ただ勘違いしてはならないのは、ハンコを押す行為が悪いというわけではないということ。
官公庁や企業の「脱ハンコ」というのは無駄にハンコを集めなければならないシステムの問題のことなんです。役人や社員が上司のハンコをもらうのに飛び回ったり、ハンコ待ちで仕事が遅れたり、こういう行為から脱しようというものです。
いずれもハンコが悪いわけではなく、仕事のシステムが間違っているだけしょ。
ハンコは便利なもので、承認したことを端的に示せる上に、押せばサインをする手間がないんですよ。
――なるほど。その通りですね。ハンコを守るための活動もされていると聞きました
2018年に判子政治連を結成し、日本の印章制度・文化を守る議員連盟の設立を促しました。
先ほど申し上げたような、脱ハンコの誤解やハンコを悪者にする行き過ぎた行政の対応を以前から感じていたからです。
例えば、書類の中で署名の横にハンコを求める「印」という記載をなくするという動きがそれです。これは「押しても押さなくてもいい」という制度の問題と、「押す際のガイドの有無」や「記入者の便利さ」という利便性の問題をごっちゃにして行われそうになったものです。
これを業者の団体が「間違っている」と言っても行政は動いてくれません。そこで法律をつくる立場の政治家の方に動いてもらうために、2018年に政治連を結成したのです。
――政治にかかわるのはセンシティブな問題です。反対意見などは
もちろん業界内にも反対意見がありました。しかし、「必ず役に立つから、せめて反対しないで、中立でいてほしい」と説得して政治連を立ち上げました。
おかげで河野太郎大臣の「脱ハンコ宣言」による、行き過ぎた行政の動きに待ったをかけることができました。先ほどの「印」の表記廃止への意見具申もその一つです。
――実際に役に立っているということですね
しかし、それにも外部から誹謗中傷がたくさん来ましたよ。
「利権を議員と分け合っている」「賄賂を渡しているのか?」などと言われましたが、政治連の活動は、寄付金は年間数万円程度、政治パーティーへの参加も年1回までなど厳しいルールで縛っています。
強調しておきたいのは、なぜ政治連が必要かということ。この活動は議員のサポートになるのです。政治は国のルールを決めるものですが、専門家でない国会議員が決めて、行政がそれを実現するときに、間違いが起こります。これに意見しサポートするのが、その業を仕事にする専門家の役目だと思っています。
いずれも面倒くさいことではありますが、政治は参加しなければ、けっして結果は現れないですし、とんでもない方向にルールが決まってしまうものです。
今、私は48歳ですが、印章業界全体のためにしっかり残しておきたいものがあると考えているので行動しました。
――業界全体の話が出ましたが、ハンコ業界への新規参入はあるのですか
バブルのころまで安売りで参入してくる会社がありましたが、今はほぼなく業界は縮小気味です。
――ハンコのネット通販もありますが、あれは新規参入では?
ネット通販は業界内の方が始めたものと、業界外からの参入があります。
ハンコの通販については難しい部分がありまして、やはり直接顔を合わせないとトラブルが多くなります。さらにハンコの通販では、まったく技術のない業者がいるという問題もあるんです。
全印協には役所から、印影が持ち込まれることもあるんですよ。例えば「この印影は持ち込んだ人の名前と合っているのか?」と聞いてくるのです。篆書体や印相体など判読が難しい文字があるでしょ、あれです。
例えば「吉田」なはずなのに、どうも怪しい、吉田には見えないというハンコがあるのです。
――福島さんには違いが分かるのですか?
もちろんですよ。
ちゃんと技術を学んでいるハンコ屋さんなら誰でも分かります。
一方で、何も勉強せずに、データ入稿されたものを機械で作っている業者には区別がつきません。
「吉田」と「鈴木」を取り違えて送ることもあるでしょう。だから「怪しいハンコ」が世の中には出回っているのです。
――将来の展望などは
はい、先ほども言いましたように、しっかり世の中に印章のあり方を発信し、技術を伝えていきたいと思っています。
政治連盟が対行政活動を行い、健全な印鑑登録制度の運営に寄与していきます。
また、彫刻した判子という技術を継承し、これを唯一無二のものとして販売していきます。もちろん機械彫りもやりますが(笑)。
なぜハンコを押すのか、その判子が正しいのか、間違いが起こった時にだれが責任を持つのか、こういった課題をいま一度考え直し、発信していくことを考えています。
全印協の活動は大切にしますが、組合に属してない人にも垣根をなくし、印章の技術やその精神を広げていこうと思っています。
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