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【ちょいとコラム】白黒パッケージ報道に記者は怒り心頭!―後編―

【2026年5月22日】カルビーが「ポテトチップス」や「かっぱえびせん」のパッケージを白黒化すると発表し、大きな話題となった。

前編では、この施策の広告効果を紹介。一方で、テレビ番組をはじめとする報道の「パッケージ軽視」の風潮、グラビア印刷がなぜ使われているか?などについて思いを書いた。パッケージは単なる装飾ではなく、消費者の信頼を支える情報インフラでもある。
後編では、包装とは何か?なぜこの施策と報道に怒りを覚えたのかを、パッケージの本質や歴史とともに深堀りしていきたい。

そもそも容器とは?包装とは?

ワイドショーのコメンテータが言う「脱プラで他のものに置き換えよう」という話は、もはや狂気としか言いようがない。
こういった方たちに容器の歴史から説明しよう。

昔、人は川や池のそばに行かなければ水を飲めなかった。動物がそうするように水辺に行って、そこから水をすくって口に運ぶか、口をつけて飲んでいた。そこに土器が登場する。
土器は水を運ぶことができる上、ためて置くことができ、わざわざ水辺に行かなくても水が飲めるようになった。

土器から陶器など、より硬く丈夫な容器が登場すると、これを使って酒や調味料などを輸送するという人々が現れた。しかし、陶器と言えど、長い船旅などでは割れてしまうことがあり、運ばれてくる酒などは非常に高価なものになった。
樽の登場は当時の人からすれば画期的なものだったろう。木の板を組み合わせてタガでしめた容器は、気密性があり、割れない。この容器は保存性が高く、丈夫なため長い船旅にも耐えられ、破損は大幅に減り、輸送距離も大幅に伸びた。
容器の歴史は輸送の歴史であり、人類の進歩の歴史なのだ。
パッケージが今の形になったことには、合理性があり、必要性があるのだ。

パッケージを舐めるな!

近年、パッケージが劇的に変わったものがある。先ほどから話題にしている飲料のボトルだ。
1990年代前半まで、飲料の容器は缶が中心だった。さらにその前、1980年代前半にはビンが中心だったのを覚えているだろうか。
ビンから缶になったことで、容器が薄く軽くなり、輸送コストが大幅に削減された。容器自体の製造費も下がり、返却して洗浄する必要もなくなったことも飲料製造のコストを下げている。

パッケージの役目は輸送と保存だけではない。店頭ではそれ自体が広告媒体となり、来店者に「私を買って」とアピールする。特に日本の売場はグラビア印刷の緻密で鮮やかなパッケージで彩られている。
ちなみに欧米など海外のパッケージではグラビアではなくフレキソ印刷が使用されているが、少しくすんだ色味になりがちで、海外ではスーパーの売り場が「鮮やかさに欠けるな」と思うのはこの違いからだ。

上記で書いた通り、パッケージにはさまざまな側面があり、その機能と役割は長い歴史の中で確立されてきた。それを簡単に「脱プラだ」「ラベルを外せ」などというのは暴論としか言いようがない。

今回のカルビーの件も、上手にやったなとは思うが、結局はパッケージコスト削減の下請けへの負担の押し付けだ。

「素晴らしい」と言っていたコメンテーターよ、売り場が全部白黒になったら商品を選びずらいとは思わないのか?しお味とコンソメ味の違いは色で区別していなかったか?他社の商品でもそうだ。コーラとコーラゼロの違いは?炭酸水とレモン風味炭酸の違いは、ワサビとニンニクチューブの違いは?見分けづらくならないか?
ローソンが一時期、ブランド統一で商品をみな同じ色にしたが、どれがどの商品だか全くわからなくなったことで批判を受けたのは記憶に新しいが、覚えていないのだろうか…。

ワイドショー・情報番組は物事をわかりやすくするために、単純化することが得意だ。これには一定の役割はあるのだろうけれど、もう少し物事を深く掘り下げてみてほしい。

その商品の先には、そのメーカー(ブランドオーナー)だけでなく、さまざまな人がかかわっていることを想像してほしい。

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